「海上コンテナ輸送」と聞いて、みなさんはどんな風景を思い浮かべますか? 大海原を進む貨物船、積み込まれる貨物、そして港にずらりと積み上がる膨大なコンテナ……。ではそのコンテナは一体どこからやってきて、輸送後はどこへ運ばれるのか、考えたことはあるでしょうか。今回は、あまり知られていない“コンテナの旅路”について、担当者に話を聞きました。
行きのルートは決まっているけど、帰りのルートは臨機応変に――。荷物を積んだコンテナの多くは、そんな片道プランとともに港を旅立ちます。目的地で荷物を降ろして空になったら、さあ、その先はどこへ行こう? 輸送後に空になったコンテナの次の行き先を決め、そこまで運ぶことを、コンテナ船業界では「回送」と呼んでいます。
「コンテナには、荷物の入ったいわゆる『実入りコンテナ』と、何も入っていない『空コンテナ』があります。前者は目的地も、そこまでのルートも当然決まっていますが、一方で空コンテナの行き先は決まっていません。どの港でどれだけ不足しているか、余っているか、需要やコストを見極めながら回送先を判断します。やり方次第で運送効率やコストセーブに大きくつながるので、いかに見極めるかが腕の見せどころですね」
そう教えてくれたのは、2021年から現在の部署でコンテナ回送に携わる松岡秀健(Deputy General Manager)。以前は、マーケティングや船の管理・調達部署などを担当してきた松岡ですが、この部署に来たときは「シナリオが一切ない!」と驚いたと言います。
松岡秀健 / Deputy General Manager
それもそのはず。空になったコンテナの旅路を決める要因は、実に変則的なものばかりなのです。
「まず、コンテナにはいくつか種類があります。重量の重い原材料系を積むのは20フィートコンテナ。一般消費財に最も多く使われるのは40フィートコンテナ。アメリカでは45フィートコンテナも使われますが、日本は道路交通法の関係で路上を走れないため基本的に使えません。常温で運ぶものはドライコンテナと呼ばれ、冷凍機能が付いたものはリーファーコンテナ、それ以外にも通常のドライコンテナに収まらない貨物形状の貨物を中心(長尺ものなど)に運ぶ特殊コンテナがいくつかあります。実入りコンテナが最優先で、空コンテナはどの航路でどのタイプ・サイズのコンテナが必要かという貨物の動きや特徴、条件によって、回送先が決まりますね」
サイズや用途によって次の使い道を決める。運ばれる物の種類を考えればそれだけでもすでに大変そうですが、松岡の話はまだまだ続きます。
「ですがそれだけでなく、『船にまだ積載スペースがあるのに、本船の重量制限のため、回送するはずだったコンテナが積めなくなってしまった』『コンテナが古くなっている、ダメージがあるので回送前に修理が必要になった』『ある国・地域で農産品の出荷シーズンを迎えるので、それに備えてリーファーコンテナを多く送り込んでおかないといけない』『この国では何日以内に空コンテナを港から出さないといけないというルールがある』『もうすぐ中国が旧正月を迎えるから出荷需要が一気に増えるぞ』などなど、数えきれない変動要因があり、一つとして同じシナリオがないのです」
海上コンテナの動きを可視化したイメージ。
世界各地で必要となるコンテナの本数やサイズ、コンテナを回送するための船のスケジュール、お客様との輸送契約上の条件などなど、他にもシナリオを挙げていくとキリがありません。同時に、コンテナ回送にかかるコストを抑えることはもちろんですが、何より大事なのは「お客さまからブッキングがあったときに、世界のどこでも確実にコンテナを供出できること」。シンガポールの本社と各地域の拠点を結んで日々情報交換を行い、営業オフィス(フロントライン・オフィス)とも連携を取りながら、ストック状況とコンテナタイプサイズごとの輸出見込み、使用後に返却されるコンテナ本数、タイプサイズの見込みの絶妙なバランスをコントロールします。しかも、ONEが取り扱うコンテナ本数は数百、数千なんてレベルではありません。
「港には常に潤沢にコンテナがあり、船積みしようと思ったら必ずコンテナが使える、というのは当然のことのように思われるかもしれません。もちろん船会社として、必要なコンテナをしっかり提供し続けることはわれわれの使命の一つですが、その裏側で空コンテナの回送に莫大な労力をかけていることを、知っていただけたら嬉しいなと思います」
世界中で約170万本のコンテナを動かすONE。膨大な数のコンテナを、全世界で効率よく管理・回送するために、さまざまな独自のITシステムを駆使して最適化や需要予測などに基づいた判断をおこなっています。
日々ITシステムを駆使して最適化に取り組んでいる
特に空コンテナの運用最適化で活躍するのが「Eagle+(イーグルプラス)」。世界各地に散らばったコンテナの在庫管理はもちろん、過去の貨物データの動向、将来の需要予測など、さまざまな機能を備えています。他にも、AIなどの力を活用しながら、世界数百カ所に上るコンテナ拠点の1つ1つの適正在庫を正確にはじき出す「OASIS(オアシス)」、コンテナ船の運航状況をきめ細かく管理・モニターするための「IBIS+(アイビスプラス)」などの各種プラットフォームを駆使しながら、日々コンテナ回送の最適化に取り組んでいます。
しかし、これらのシステムがあれば誰でも効率的な予想ができるかと言えば、実際はそうでもないようで……
広大な北米大陸を進むコンテナ。輸入が多い北米は空コンテナが滞留しやすい。
「先ほどからお話ししている通り、気象・天候の影響やトラブル、さらに港湾でのストライキ、地域的な有事発生など、まったく予想できない「シナリオ」が本当に多いのです。システムに任せきりというより、これまでの経験値を踏まえつつ、日々、世界各地からの更新される情報や予測を踏まえ、何が合理的で最適なアプローチなのかを、人の力で総合的に判断していますね」と松岡。テクノロジーの力を使いながらも、最後にものを言うのは社内各部門間の綿密な情報交換と連携、そして海上輸送やマーケットの動きに対する偏りのない知識や経験値。大変な仕事であることは言うまでもありませんが、地球規模で膨大な数のコンテナを運用し、それを適切に管理していくためには、こうした日々の弛みない努力や経験と最先端のITシステムとの組み合わせがあって初めて可能になるのかもしれませんね。
そんな「経験値」や「人の判断」が大いに役立った出来事が、実はコロナ禍で起こっていました。
ニュースなどで耳にした人も多いかと思いますが、新型コロナウイルスが大流行した2020年以降、世界中で深刻な「コンテナ不足」が発生しました。背景にはさまざまな要因がありますが、その発端の1つとして挙げられるのが、コロナ禍初期に起こった中国発輸出需要の急減です。中国は言わずと知れた世界の輸出拠点ですが、コロナ禍初期に中国からの輸出が大きく減ってしまったため、世界各地で大量のコンテナが余ってしまったのです。使わないコンテナを持っていても仕方ないと、リースしていたコンテナを次々に手放す動きも主要船社で見られ、その結果、それまで世界のなかでうまく循環していたコンテナの動きに急ブレーキがかかりました。結果として、空のコンテナが世界中の港に散らばって停滞することになったのです。
「それじゃあ不足と逆では?」と思うかもしれませんが、問題はその後。ステイホームなどの影響で欧米での消費需要が急増し、輸出元であるアジアにおけるコンテナ需要が、今度は一気に高まったのです。しかし、肝心のコンテナがアジアにない! それが後々、世界的コンテナ不足につながったわけですが、そこで注目したいのが当時のONEの判断です。
「中国からの輸出量が激減したとき、業界内ではコンテナだけでなく、船さえも手放す流れがありました。でも私たちとしては、この荷動き減少は一時的なもので、きっとどこかのタイミングで急激な反動があるのではと考えたのです。だからONEではコンテナを持ち続け、いずれ来る回復に備えてコンテナをアジア側に可能な限り溜めておくことにしました。当時はいくつかの航路が休止していたので、待機状態に置かれていた船が複数ありました。この船を活用して空のコンテナを大量に積み込み、中国の沖合で待機させていたんです。社内関係部署との調整並びに連携が功を奏した結果、その判断が上手くはまって、需要が回復したとき真っ先に各船を稼働させ、いち早くコンテナが必要な港に供給することができました」
この判断の背景には、2008年のリーマン・ショックの教訓があったと言います。その時も、貨物需要が急減した後、一気に荷量が急増していたのです。
中国に置かれたONEの新造コンテナ。コンテナのほとんどは中国製造だ。
「とはいえ、さまざまな苦労がありました。どうしても指定のコンテナタイプが用意できないため、お客様の了承のうえで他のサイズのコンテナで代替対応したり、当時は船を比較的安いコストで調達できたので、船を臨時調達して“スイーパー”と呼ばれる空コンテナ回送用の専用船として使ったりもしました。また、船をある航路から別の航路に移動させる際、その移動をうまく活用して一緒に空コンテナも運ぶなど、社内関連部署と綿密に連携しながらさまざまな工夫もしました。臨機応変なアプローチを重ね、なんとかコンテナ不足を乗り切りましたね」
松岡は当時をそう振り返ります。危機において培われたこうした経験は、ONEのなかで蓄積されて、次に再び訪れる危機を乗り越えるための新たな力となるでしょう。たくさんの工夫と経験、そして最新のITシステムに支えられている、コンテナたちの知られざる旅路。港のコンテナを眺める目が、ちょっと変わったのではないでしょうか?
ONEの保有する空コンテナの在庫管理と空コンテナ・フローの最適化と運用効率化を担当。
ONEの存在を世の中に伝えるために、あらゆるプロジェクトに密着する特別報道チーム。ONEのビジネスや、海運・環境を考える姿勢を伝えるべく、プロジェクトについて気になる「なぜ?」「なに?」を掘り下げていく。