「風の力を利用して船が進む」。そう聞いて、頭に思い浮かぶのは何でしょう。ずっと昔の帆船の話?いえ、実は今、海運の世界では昔ながらの「風の力」が再び注目されているんです。コンテナの中から翼が立ち上がり、気圧差を利用して推力を生む・・・。そんな実験が、ONEのアジア/ハワイ航路で始まりました。この取り組み、実は世界でも初めて。「翼のはえたコンテナ船」は一体どのようにして生まれたのか、今回もONE特派員がその舞台裏をリポートします。
「そもそもは“マンネリ感を何とか打破したい”という思いから始まったプロジェクトなんです。」
そう振り返るのは、このプロジェクトに携わったONEシンガポール本社の楠昇大とHaonan Douの二人です。
ONEのようなコンテナ船社にとって、燃料消費の節減はとても大切です。燃料費は運航コストのなかでも占める割合が大きく、このコストをいかに抑制するかは事業の競争力を左右するといっても過言ではありません。ONEでは「サファイア」というプロジェクト名のもと、部門横断でこのテーマに取り組み、これまで大きな成果を挙げてきました。船舶1隻1隻の動きのきめ細かなモニタリング、港湾での停泊時間の短縮化、コンテナ積み付けの最適化、船そのものの改造などなど・・・。取り組んできた内容は、ここにはとても書ききれないほど多種多様です。
Haonan Dou, Technical Department | Manager
ただ一連の取り組みが成果を収め、日々の業務に落とし込まれていく過程で、新たな課題が浮上してきたと言います。
「取り組んできた方向性は間違っていないし、しっかり成果が出ているのですが、ルーチン化して目新しさが失われてきたんですね。ちょうどコロナ禍の頃に、この“マンネリ感”が少し出ていたので、これを何とかしたいと考えていました」(楠)
この状況を打破して新しいことにチャレンジしよう!という掛け声から始まったのが、“サファイア・プラス”という新プロジェクト。若手から中堅の社員が集まり、これまでやってきたこととは違う、何か新しいアイディアに挑戦しようという取り組みが動き始めました。
楠昇大 Global Vessel Operations | Senior Manager
プロジェクトの参加メンバーはさまざまなテーマに分かれ、新たな可能性を探り始めました。海運系のテックベンチャーを調査して将来有望そうなアイディア・技術を調べあげたり、ONEではこれまで実績がなかったけれど、海運業界で注目されているサービスの採用を検討したりと、さまざまなアイディアを片端から検討。燃費節減の新たな方法を模索するアイデアラッシュでは、かなり自由で突飛な発想が飛び交ったと言います。
そうした自由な議論のなかから、候補の1つとして浮かび上がってきたのが、風力を利用して船の推進力を生み出す「ヴェントフォイル(Ventofoil)」という技術でした。今、海運業界では燃費の節減のみならず、脱炭素化という観点から、グリーンエネルギーの1つとして風力が大きく注目されています。ヴェントフォイルもその1つで、船上に帆の役割を果たす翼を立ち上げ、翼の両面の気圧差で推進力を生み出します。
ヴェントフォイルがどんな風に機能するのか、もう少し詳しく見てみましょう。
一見すると帆船の帆に見えますが、実際にはこれで風を受けて船が進むわけではありません。機能として近いのは、どちらかと言うと飛行機の翼。中には複数のファンが搭載されており、このファンが回転して空気を吸い込み、翼の周りに揚力を発生させます。海上の風と翼だけでは十分な揚力を作れませんが、前面から空気を吸い込む事で狭い翼面から比較的大きな力を生み出します。言い換えると、この装置が風向きに合せて船を前へと引っ張る力を生み出すわけですね。
コンテナから展開するヴェントフォイル(横浜港でのデモンストレーション時)
ヴェントフォイルは一旦展開されると、その後は風向きに応じて自動で向きを変え、常に船首方向に向けて揚力を発生させます。
「これにより、本来は船のエンジンが担っている推進力の一部を、風力を活用することで賄うことができます。その分エンジン出力を落として、燃料消費量の節減、ひいては環境負荷の低減に繋がります」とHaonan。
開発しているのは、オランダに本拠地を置くエコノウィンド(Econowind)社。今でこそ急成長中の同社ですが、当時はまだ人数も少なく、工場の規模も決して大きくはありませんでした。
「最初は“何だか変わった人たちが面白いことをやっているな”という印象でした。」(楠)
しかし、調べていくうちにコンテナ船のニーズや運航条件にフィットしそうで、一番実現性が高そうだ、という事で有力候補に浮上。エコノウィンド社側も、この装置をコンテナと合体してコンテナ船に搭載する構想を温めており、まさにパートナーを探していたということで、お互い学びあううちにすぐ意気投合。プロジェクトは一気に具体化していったといいます。
さまざまな候補の中から、「これでいこう」と決まったヴェントフォイル。上司の「やってみろ」という声に押されて本格的な検討が始まりましたが、いざ取り組んでみると「思っていた以上に大変でした」と二人は苦笑いします。
ONEが導入するのは、コンテナ型のヴェントフォイル。通常の40フィートコンテナと同じサイズのコンテナのなかにヴェントフォイルが格納され、外洋に出て起動するとコンテナ内から翼が立ち上がるという仕組みです。通常のコンテナと同じようにクレーンで取り扱うことができ、他のコンテナ船にも自由に積み替え可能な点が特徴ですが、これまで前例がない試みだけに、さまざまな課題にぶつかりました。
例えば翼を展開したとき、船上に積みつけたコンテナが崩れたりはしないか、翼が風を受けて負荷がかかった際、その下のコンテナが過重に耐えられるのか…など工学的な課題の検証はもちろんのこと、実際に航行中の船上で試験を行うとなると、さまざまなパートナーとの調整・協力が不可欠です。例えば試験を行うには船側にも細かな改造が必要となるので、船の船主とも細かなすり合わせが欠かせません。ほかにも造船所とはコンテナ型ヴェントフォイルを搭載した際の図面の検証、検査機関による安全性の確認などなど、さまざまなステップをクリアしていく必要がありました。
プロジェクト参加各社のロゴが載ったコンテナ型ヴェントフォイル
技術面で課題があった一方、思いがけず盛り上がったエピソードも。それが、ヴェントフォイルのオリジナルデザインの作成です。当初はエコノウィンド社のロゴだけが描かれる予定でしたが、やはりONEのロゴは入れたい。そんなわけで広報チームがONEのロゴを組み合わせたデザイン案を幾つか出すうちに、今度はこのプロジェクトに協力してくれていた船主も「それならうちのロゴも」と言い出し、みんなノリノリでデザインが進み……途中、このプロジェクトに携わったONE社員の似顔絵を載せては? なんてアイディアも半ば本気で検討されたとか。結果的に現在のデザインに落ち着き、参加した企業がワンチームで作り上げたことが象徴されるデザインとなりました。
実際の洋上での試験は、さまざまな海域の気象・海象などを調査した結果、アジア/ハワイ航路で行うこととなりました。
試験開始に向け、横浜港での記念撮影
オランダで組み立てられ、長い航海を経てアジアまで運ばれてきた2つのコンテナ型ヴェントフォイルユニットは、2024年2月23日に日本の横浜港に到着。そこでONEがハワイ航路で運航するコンテナ船“KALAMAZOO”に積み替えられました。当日は雪が舞う生憎の天候となりましたが、記念すべき日ということで、ONEもちろん、エコノウィンド社、 “KALAMAZOO”の船主であるノースUK(Norse UK)社の関係者が横浜港に集結。お披露目を終え、いよいよ実証試験が始まりました。
この動画は、実際にハワイに向け航海中の“KALAMAZOO”で、展開されたヴェントフォイルの様子を捉えたもの。風向きに応じ、翼が自動で向きを変えているのがはっきり見て取れます。
「計算上、船の燃料消費量を5%程度削減することができるはず」と期待を寄せるHaonan。まだ実験は始まったばかりなので検証はこれからですが、今後できる限り多くの利用実績を積み重ねてデータを収集していく方針です。
ONEは現在、2050年の温室効果ガス排出ネットゼロの達成に向け、新たな挑戦の最中にあります。次世代燃料に対応する最新型のコンテナ船発注、既存船の改造、運航の効率化に向けた飽くなき取り組みと、そのアプローチはさまざまですが、このヴェントフォイルのような新しいチャレンジは燃費節減だけでなく、将来のネットゼロ達成に向けても大きな力になるかも知れません。
楠とHaonanの二人は、「時流に適した取り組みだったのが良かった。多くの人が応援してくれて、みんなで一緒に協力して乗り越えられたと思っています」と振り返ります。
今、海運の世界では、未知の取り組みに対して部署や会社の垣根を超え、協力していくことが何より求められています。世界初のコンテナ型風力アシスト推進装置の導入を実現させたその力は、今後別の分野での新たなチャレンジにおいても、きっと力を発揮するでしょう。ONEの次の挑戦と、そして翼のはえたコンテナ船の未来から、目が離せません。