あのコンテナは、どこの国からやってきたのだろう。何を運び、誰のところに届くのだろう。街中でふとコンテナを見かけた時、少しでいい、子どもたちにそんな想像を働かせてもらえたら。そんな素朴な思いから今、ONEは絵本の製作に取り組んでいます。絵本だからこそ伝えられるコンテナ海運の姿とは・・・。今回は絵本製作に携わる3人のキーパーソンに話を聞きながら、ONEと絵本にまつわるストーリーをお届けします。
―今回、お話を聞くのは絵本作家のキリーロバ・ナージャさん、大手広告代理店でアートディレクターを務める本田晶大さん、そして文響社の編集者である平沢拓さんの3人です。まずは改めて、自己紹介からお願いできますでしょうか。
ナージャ 広告代理店でクリエイティブ・ディレクター、コピーライターとして活動しつつ、絵本作家としても活動しています。ある仕事のリサーチで海外に行った時、絵本の世界に出会ったのがきっかけで、絵本製作も手掛けるようになりました。最初の絵本出版は2018年で、私自身が色々な国で暮らしてき経験を基に、各国の教育事情を絵本としてまとめたもの。これまで5冊ほど絵本を出していて、今回のプロジェクトでは全体のディレクションやプロットの構成、登場人物の原案などを担当しています。
本田 私も彼女と同じ広告代理店で、普段はデザイナーとして広告を手掛けるほか、子どもたちの能動的な学びをサポートするアクティブラーニングの普及、デザインを通じた地域医療との連携などに取り組んでいます。ナージャとは、“アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所”という社内組織を通じ、以前から知り合いでした。ただ今回は、別の機会に私が描いたイラストが海に関連するもので、それが偶然、彼女の目に留まったのが縁で、イラストレーターとして参加させてもらいました。
平沢 私は新卒で出版業界に入り、入社からずっと編集者としてさまざまな書籍の出版に携わってきました。いろいろなジャンルの本を担当してきましたが、最近は日本で発行した書籍の海外展開などもお手伝いしています。ナージャさんの絵本は、いずれも文響社を通じて出版させて頂きました。ONEの絵本プロジェクトも編集者として参加していますが、企画段階から参加させてもらったのは今回が初めてですね。
キリーロバ・ナージャ:旧ソ連のサンクトペテルブルク出身。6カ国(ロシア、日本、英国、フランス、アメリカ、カナダ)の地元校で教育を受ける。電通に入社し、さまざまな広告を企画。自らの体験を基に綴った「ナージャの6カ国教育比較コラム」がキッズデザイン賞を受賞したのを機に、絵本製作の道に入る。
―絵本プロジェクトが始まってから揃ってお会いするのは実は初めてですね。
平沢 これまでのお仕事でも、個別のお付き合いはあったけれど、ONEの企画があったから集まった顔ぶれとも言えますね。
―絵本を作りたいと考えたのは、やはり広報を考えるうえで私たちの事業が「B to B」だからなんです。生活や社会を支えるインフラとして、コンテナ海運のことをより多くの方に知って欲しい。でもコンテナ海運のことを分かりやすく伝えるのは結構難しいんです。工夫を凝らして、子ども、学生、ビジネスマンとそれぞれに適した方法で発信しなければいけないと感じています。」
ナージャ 私たちの身の回りにある多くのものが、実はコンテナで運ばれている。恐らく空気のような存在で、大事だからこそ伝えづらいのでしょうね。でも、改めて気づいた時の驚きは本当に大きい。
―そこで考えたのが、より広く社会に向けた発信を考えたとき、私たちONE社員の家族こそが最初のターゲットなのではないだろうかと。家で“お父さん、お母さんはこんな仕事をしてるんだよ”と子どもに伝えようとして、伝え方に悩んだ経験を持つ社員は多いと思うんです。でも、まずは子どもたちにこそファンになってもらいたい。では、そのために一番いいチャンネルは何だろうと考えた時に、絵本というアイディアが出たんです。
本田晶大:電通第2CRプランニング局ブランド・エクスペリエンス3部アートディレクター。イラスト・広告制作の傍ら、小児科クリニックなど子どもが育つ環境の内装設計や運営コンセプト作りにもクリエイターの視点で携わる。
―早速ですが、今の絵本の製作状況についてお伺いしたいと思います。
平沢 だいぶ佳境に入っていて、今のところ完成は年内ぐらい、日本の書店には2月頃から並ぶのでは、という感じでしょうか。
―タイトルは「ジャン=ピエール7つの海を行く」。可愛らしいイラストがチラッと見えますが・・・。
ナージャ そう、これがジャン=ピエールで、マダガスカル出身のカカオ豆です(笑)。彼がある夢を抱いて、コンテナに載って旅立ち、世界を周って仲間を見つけながら目的地を目指す・・・、そんな冒険のお話です。
―コンテナを題材にした絵本は、既に何冊か出版されていますね。色々なストーリーや設定を考えたと思うのですが、最終的にこの方向性に決まった背景は何でしょうか。
ナージャ 今回の絵本製作にあたって、コンテナをテーマにした絵本は国内外問わず、できる限り取り寄せて調べました。色々な方向性・切り口の絵本があって、どれも素敵なのですが、気づいたのは“コンテナの中身”にフォーカスした絵本はあまり無いなということ。私から見ると、コンテナって“謎キャラ”なんです(笑)。みんな同じような形をしているけれど、でも中に入っているのは千差万別。でも、その1つ1つが世界のどこかからやってきて、誰かの元に届けられて小さいハッピーを起こす。運ばれているものに焦点をあてて、その物語を伝えることで、コンテナの大切さと同時に、そのハッピーを作り続ける海運業界の魅力も、またチャーミングに伝わるのではと考えました。
平沢 本田さんのディテールの描きこみも、この方向性にすごくマッチしていますよね。世界を旅する過程で色々な国の港を訪れるわけですが、キャラクターだけじゃなく背景も凝っていてお国柄が出ている。船の乗組員の表情や服装にもバリエーションがあり、変化や多様性を組み合わせてくださっています。
平沢拓:2019年に文響社入社。これまでビジネス書、自己啓発本、絵本、写真集、エッセイ、詩集などさまざまなジャンルを担当。最近では海外の翻訳書の日本での出版なども手掛ける。
―キャラクターが本当に可愛いですよね。ジャン=ピエール君は靴もはいているし。
本田 ナージャから依頼を受けた段階で、キャラクターのデザイン自体は既にかなり整理されていました。この原案をベースに、どうしたらこの子たちに生活感が出て、生き生きと動き出してくれるかを、デザインする際に考えましたね。タイトルにある通り、このストーリーではジャン=ピエールが仲間と力を合わせて7つの海を渡り、1つのものを作り上げていく過程が描かれます。同じ志を持った仲間と出会って共通する目的へ向かう、成長の物語でもあるわけです。その過程で、きっと驚いたり落ち込むことがあるはずで、そこを想像すると彼らの表情もどんどんとアイディアが湧いてきて、愛着を持てるキャラクターになってくれました。
―ナージャさんとはコンテナターミナルの見学会にも行きましたね。
ナージャ あれは本当に衝撃でした。大量に並べられたコンテナは一見全部同じに見えますが、その裏側は全部違っていて、みんな行先が違う。これまで船に積まれたコンテナ、トラックで運ばれているコンテナは見たことがありましたが、その結節点は見たことがなかった。でもターミナル見学でそこが繋がり、多くの人の手を介して運ばれていることも実感できました。コンテナ輸送のイメージが、単なるシステムからヒューマニティ溢れるものに変わったというか。今回の絵本で港がいっぱい出てくるのも、その感動があったからこそなんです。
―絵本そのものについてですが、今、絵本を取り巻く状況はどうなんでしょうか。
平沢 出版社という立場から見ると、絵本は伸びているジャンルで、ラインナップも充実してきていますね。
ナージャ 日本にも絵本の名作はたくさんあって、特に子どもに何かしら教訓を伝えるもの、あるいは純粋にエンターテイメントに振った作品が主流で、絵柄も柔らかいトーンのものが多い傾向があります。一方で、これはボローニャの絵本フェアに参加したとき知ったのですが、海外では絵本で社会問題を扱うことも多いんですね。それこそ5歳向けの絵本でLGBTQや廃プラスチック問題を取り上げたりしていて、難しい社会テーマを凝縮し、しかも大人の鑑賞に堪えるクオリティを持たせている。必ずしも答えがないテーマについて、子どもたちが考えるきっかけを提供する作りになっています。これを見た時、この手法でコミュニケーションしたら、これまで取り扱っていない新しいテーマも伝えられるかも知れないと感じました。
平沢 今の時代、子どもが情報を受け取る手段はたくさんありますよね。動画メディアが人気で、”このままでは絵本は無くなるのでは “と心配する声もあります。でも、これはある絵本専門書店の店長さんが仰っていた言葉なのですが、”絵本の良さはページAとBの間にある”んです。絵本のページを1枚繰ったら、話は繋がっているけれど全然違う絵が出てくる。でも、その間に本当は無数のシーンがあるはずです。動画だったらそれを全部連続した絵として見ることができる。でも絵本では、子どもたちが自らのイマジネーションでページAとBの間を埋めていきます。その不便さが本当は大切で、そういう子どものイマジネーションを育むという役割がある以上、絵本の役割は生き続けます。
今回の絵本製作にあたり、国内外からコンテナに関係するあらゆる絵本を取り寄せた
本田 絵本とアプローチは違いますが、私はデザインの力を取り入れた地域医療の普及に力を入れています。医療というと、どうしても取っつきにくく距離感を感じてしまう。でも、医療のコンセプトをデザインに落とし込むことで、親しみやすく、広く地域社会に受け入れられる地域医療を目指そうとしています。このクリニックには、さまざまな理由で困難を抱える子どもたちも多く訪れて、その子たちのためにワークショップやアクティブラーニングを取り入れた活動も行っています。社会のなかでは、まだマイノリティと捉えられる事もあるかも知れない子どもたちですが、時代は変わってきていて、”マイノリティであっていい、それを特徴・個性として捉え、大切にしよう“という考え方が強まってきている。マイノリティというのは色々な捉え方があって、世間にあまり知られていないコンテナ海運もある意味、似たところがある。なかなか役割や価値が理解されない、分かってもらえない。でも、本当はそうではなくて、ちゃんと見ている人もいるんだよと伝える手段として、絵本は適しているように思います。
平沢 まだ多くの人に知られていない世界について、さまざまな捉え方を秘めた可能性を持つ手段で伝えることができる、という点で、コンテナや海運というのは、絵本にしやすいテーマなのではないでしょうか。
本田さんが今回のイラストを引き受ける契機となった「七つの海」
―自分も子育ての過程で色々な絵本を読みましたが、そういう力が絵本にはあると知らずに読んでいたかも知れません。この「ジャン=ピエール7つの海を行く」が、子どもたちにとって、そういう新しい世界への扉になってくれたらと思います。
平沢 私たちの身の回りにあるモノの多くが、実際にはコンテナで海外から運ばれてきている。気づいたら本当に想像が広がる世界ですが、そこまでいくのにハードルがある。そのきっかけになってくれたらいいですね。
ナージャ コンテナには独特の魅力があります。世界のどこかから旅してきて、何か私たちの知らない役割を果たしている。ただ、一歩想像しないとその世界が見えてこない。そこが面白さであり、魅力でもあるのですが。今回の絵本で”運ばれるもの“をフューチャーしたのも、そこを橋渡ししたかったからです。
本田 この絵本を読んだ人たちが、何かを手に取った時、ジャン=ピエールたちの顔を思い浮かべて”お前も苦労してここまで来たんだな“と思ってくれたら嬉しいですね(笑)
ナージャ 実際には、コンテナの数だけそういう物語があるんですよね。ジャン=ピエールたちの隣には、バナナ君やタイヤちゃんがいて、みなそれぞれの物語があり、私たちの世界はそのお陰で支えられている。世界中に何百万もの物語があって、それを支える無数の人々がいる。絵本を通じて子どもたちがそこに気づいてくれたら、きっと彼らの頭の中でジャン=ピエールたちが動き出すと思うんです。家や学校で、そんな想像を膨らませる小さなきっかけになったらと思います。