港から港へ、世界中の海を旅するコンテナ船。そこに積まれたコンテナは、"プランナー"と呼ばれる人たちによって、船のどの位置に積むのか1本1本全て決められています。重さや行き先、作業の順番などを考えながら積み方を決めていく作業は、さながら奥深くて複雑なパズルのよう。今回は日本唯一のプランニングセンター、熊本県大津町にある「AOCTEL(次世代海上コンテナ輸送研究所)」を訪れ、知られざる”コンテナプランニング”のお話を伺いました。
AOCTEL外観
プランニングとは、コンテナの1本1本の積み付け位置(コンテナ船のどの位置に積むか)を決めること。もちろん大切なのは、それぞれのコンテナ船にできる限り多くのコンテナを効率的に積むことです。しかし、コンテナを積む際にはさまざまな制約や留意点があり、闇雲に積んでいくわけにはいきません。まずは、プランニングをする上で考慮すべきポイントについて、いくつか例を挙げてみます。
ポイント1:貨物の特性
例えば、火薬類を積んだコンテナの付近には、引火性の貨物が入ったコンテナを積むことはできません。なぜなら、万が一事故が発生した場合、船や周囲の貨物に大きな被害が出かねないからです。これは分かりやすいですね。同様に、りんごが入ったコンテナの隣にはぶどうが入ったコンテナを置くことができません。これはなぜでしょう?答えは、リンゴから発生するガスがぶどうを熟成させてしまうからです。このように、プランニングの際は「コンテナをどこに積むか」ということだけでなく、コンテナの中身まで考える必要があるのです。
ポイント2:バランス
もちろん、コンテナをたくさん積んだ状態でも、船が安全に航海できる状態を維持する必要があります。そのために特に重要なのは、船のバランスです。船は様々な港を巡ってコンテナを積んだり降ろしたりしますが、それらのどの港を出港するときにもバランスが取れた状態になっていなければなりません。ただし、バランスが取れていたとしても、船のどこかに荷重が集中してしまう積み方は安全上好ましくないため、荷重が船全体に均等に分散されることも心がけます。その上で、「even keel (イーブンキール)」と呼ばれる、傾きのない理想の状態を目指します。
ポイント3:荷役の効率
そして忘れてはならないのが荷役作業(コンテナの積み降ろし作業)の効率性です。例えば、次の港で降ろすコンテナの上に別の港で降ろすコンテナがあったら、それをいったんどこかに置いて、また船に載せ直さなければなりません。このような作業は、港の混雑や運航スケジュール遅延の原因になってしまいます。そのため、このコンテナはどの港で降ろすのか、そのためには船のどこにどの順番で置かれているのが一番効率的か、無駄な積み降ろし作業をどう減らすか・・・。そんなことも考慮してプランニングをしています。
これまで紹介したものはあくまで一例で、この他にも複雑な制約が数多く存在します。様々な条件が複雑に絡み合う中、安全で効率的かつ最も多くのコンテナを積めるプランを考える。こうしてみると、プランナーの仕事はまるで難解なパズルのようですね。
では、プランナーたちはこのような難解なパズルに対して、どのように立ち向かっているのでしょうか。
「”ラストポート”を常に意識してプランニングすることは大事です。」
そう語るのは橋本航路長。コンテナ船は「定期船」といって、決まった航路で様々な国の港を巡っては戻ってくること繰り返す、いわば路線バスのような運航をしています。そのうち”ラストポート”とは、異なる地域に向かう直前の港のことを指します。例えば、以下の航路でアジアからヨーロッパに向かうことを考えた時(マゼンタの矢印の方向)、最後のアジア地域の港となるシンガポールが”ラストポート”にあたります。
アジア - 欧州を結ぶFP1(Westbound)航路
橋本航路長
「長い距離を走るときにバランスよく貨物が積まれていると、燃費も良くなるし、貨物もより安全に運べます。そのため、どこの港のプランを考えている時も、最長距離を走る前の“ラストポート”のことは常に頭に置いています。そうやって、航路全体を“線”で見た時にベストなプランニングになっていることが大事ですね。」
また、プランナーは、プランニングツールと呼ばれる専用のソフトウェアを使ってコンテナ1本1本の積み付け位置を決定していきます。画面上には、船を正面から一列ずつ輪切りにしたときの断面図のようなものが表示され、一つひとつのマス目がコンテナを積むスペースを表します。コンテナは行き先の港ごとに色分けで表示され、例えば東京行きは青、神戸は茶、シンガポールは緑といったように塗られています。
プランニングツールの画面イメージ(本文の例とは異なります)
根岸チーム長は「実は、パッと見で綺麗に色が塗られているプランは良いプランであることが多いんです。もちろん私たちは1本1本の積み付け場所をしっかり考えてプランを作っているんですが、『バランス良く、たくさん積めた』というときのプランは、各断面がシンメトリーになっていて視覚的にも綺麗になりますね。」と語ります。
また、港運会社出身の坂本航路長はこう付け加えます。「例えば、降ろすコンテナが一か所に固まっていたりすると、せっかく港にクレーンが並んでいても、そのうちの1台に作業が集中してしまいますよね。ターミナルとしては、クレーンを複数使ってできるだけ効率よく積み下ろしを行い、スムーズに船を出港させてあげたい。そのため、同じ港で降ろすコンテナもある程度間隔をあけてどこかに偏ることのないように積みつつ、各断面が綺麗になるようにしています。」
このように、あらゆることを考えながら完成させるプランニング。1つの港のプランを完成させるのに小さい船で約2時間、大きな船になると12時間ほどかかるそうです。また、コンテナ船は24時間365日運航しているので、船のスケジュールによっては深夜や早朝でも作業し、必要に応じて船やターミナルと連携しないといけません。
根岸チーム長
坂本航路長
ここAOCTELでは、日本に寄港するONEのコンテナ船全ての積み付けプランを作っています。熊本県の片隅に位置するこの拠点がそれほど壮大な役割を担っていると思うと、不思議な気持ちがすると同時に、プランナーの皆さんの頑張りに頭が下がる思いです。
そんなプランナーたちが所属するAOCTELは、24年の10月で拠点設立から10周年を迎えました。そのAOCTELを拠点開設からずっと見守ってきたのが、佐々木勝吉センター長です。航海士・船長としてこれまでのキャリアで計19隻に乗船。 そのうちコンテナ船は12隻に上ります。佐々木センター長はまさにAOCTELの大黒柱。朝(?)は 何とAM2時 〜3時に起床し、「センター長、稼働しました」というメールを出して起床を知らせ、まずは深夜に活動するプランナーのサポートにあたります。日が昇ると歩いて会社に出社して、通常業務や来客対応にあたり、翌日に備えて夕方に帰宅。そんな毎日を送っています。
佐々木センター長
ここで働くプランナーたちは、地元で採用され経験を積んできたスタッフだけでなく、ONEや日本各地の主要港運会社から出向した社員、航海士、エンジニアなど多種多様。やはりバックグラウンドが違えばプランニングにも「航海士っぽい」「港湾出身っぽい」など、色の差も出るようです。しかし、そのような異なる視点を学び合えるのもAOCTELの強み。ここでは、一つの完成後のプランを前に意見交換をする「プランレビュー」という会が佐々木センター長主催で毎日2〜3回開かれ、「そのコンテナを別のところに置いていれば、あと4本積めた」「そこまで積んだら船員さんの視界に影響が出るよね」など意見を交わすことで、日々より良いプランの模索を続けています。佐々木センター長は、「海外に行くと、プランナー歴20年・30年という猛者がいます。その点、AOCTELのプランナーは若手も多いですが、皆で色んな視点を学び合って、チームの総合力でプランの質をどんどん高めています。こうすると、誰かが休暇の時にも他の人がすぐサポートに回れる体制を取れるんです」と語ります。これはまさにONEの企業スローガン、”AS ONE, WE CAN”の精神ですね。
時に白熱するプランレビュー
プランナーという仕事は責任も大きく大変な仕事のようにも思えますが、一方でプラン作りのことを語るプランナーの方々は、どこか楽しそうでもあります。「プランナーのやりがい」について、佐々木センター長はこのように話しました。「仕事をしているとどうしても『コンテナ』や『数字』を見てしまいますが、私たちは、誰かが待っている貨物を届けるのが仕事。私たちが工夫して積んだ1本のコンテナのおかげで、例えばアメリカのお子さんにゲーム機が届いて、1000人の子供が喜ぶかもしれない。そういう大事な仕事をしているんだ、ということを誇りに思っています。」
最後に、佐々木センター長に今後の目標を聞きました。「やっぱり世界一のプランニングオフィスを目指したい。何を持って世界一か、それは日々考えていかなければいけないんだけど。港・船乗り・船会社、あらゆる観点の『理想』を見て、それらの距離を少しずつ縮めて行くと最後に理想のプランになるのかな。それも追っかけてみないと分からないのですが、そう思ってやっています。その先で、『みんなで美しいプランをかけるようなところ』を目指すというのが近いかもしれません。」
美しいプランを作るため、日々知恵を出し合っています
日本唯一のプランニングオフィス、AOCTEL。ここでは今日も、「誰かが待っているその1本」を積むための、美しいプランが生み出されています。
読み方は「アオクテル」、正式名はAdvanced Ocean Container Transportation Engineering Lab(次世代海上コンテナ輸送研究所)。船のバランスや安全性、荷役効率等を考慮したコンテナの積み付けプランを作成し、国内外の積み付け現場に積み方の指示を行っている。
ONEの存在を世の中に伝えるために、あらゆるプロジェクトに密着する特別報道チーム。ONEのビジネスや、海運・環境を考える姿勢を伝えるべく、プロジェクトについて気になる「なぜ?」「なに?」を掘り下げていく。
効率よく運ぶために